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自転車と赤ちゃん。

先日のニュースで、1歳の赤ちゃんを前抱っこして自転車に乗っていたお母さんが転倒事故を起こし、赤ちゃんが亡くなったという事件を目にしました。

 

自転車の3人乗りなどいろいろ議論されているようですが、かつて自転車の前後に子供を2人乗せて走り回っていた私としては、言いようのない悲しみを覚えます。

当時は抱っこひもで抱っこしながら自転車に乗ることはあまり一般的ではなかったので、私自身は経験がありませんが、人にはそれぞれの事情があるということは分かります。

核家族で身近に赤ちゃんを見てくれる人がいなかったら、いくら小さくても買い物に連れて行かなければならないし、上の子がいたら保育園の送り迎えにも付き合わせることになります。

お母さんが仕事を持っていたらなおさらです。

赤ちゃんを一人で家に置いておくことはもっと危険が伴いますから。

 

かつて長男が3歳で長女が5ヶ月ぐらいの時、長男を保育園に迎えに行く時、1度だけお昼寝している長女を家において出たことがありました。

すぐに戻ってきたのですが、長女は一人で目を覚ましていて、私の顔を見るなりわっと大声で泣きだしました。

長女が不安で不安で仕方がなかったのだろうと思うと胸が締め付けられるようになり、長女をしっかり抱きしめたことは今でもはっきり覚えています。

この時外出した私が事故に遭って帰れなくなっていたとしたら、この時長女が一人家の中で誤飲など何かの事故にあっていたら・・・。

 

考えるとキリがありませんが、大過なく過ごしていられるのは幸運の賜物だと痛感しました。

 

冒頭のニュースのお母さんも、赤ちゃんを抱っこして自転車に乗らなければならない事情があったのでしょう。

過失運転で書類送検されたとありましたが、赤ちゃんを失ってショックと悲しみの中にあるかと思うと、そのお母さんを非難する気持ちにはなれません。

 

赤ちゃんを育て上げるということは一大事業です。

子育てを社会で、地域でシェアする方法はないのでしょうか?

 

「昨日までの世界」ジャレ・ド・ダイアモンド著 には、原始的な社会の子育てについての記述があり、小さな集団の中でのことですが、生まれた赤ちゃんを大人たちが交代で抱いている地域がありました。

その時暇な人が、老若男女を問わず、だれでも自分の子供以外の赤ちゃんたちを抱っこして育てるのです。

そして赤ちゃんに触れることによって集団の全員がその子供に愛着を持つようになるのだそうです。まるで自分の子供のように。

 

これは「パパは脳研究者」にあった‘オキシトシン’ではないでしょうか。

 

また、facebookでシェアされていた記事に、病院でボランティアをする高齢の男性のことがありました。(確かアメリカです。日本では乳児院でのボランテイァがあるようです)

彼は毎日病院に通い、産科の赤ちゃんの部屋で生後間もない赤ちゃんを座って抱っこするという仕事をしています。

このことは赤ちゃんの情緒の発達にとって良い影響を与えるだけでなく、ボランティアの男性にも(多分オキシトシンによって)幸福感を与えてくれるのだそうです。

彼は今とても幸せだと言っていました。

 

子育てをしてきて、私も育てましたが、私の方がが‘育てられた’と断言できます。

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