1.妻が見つけた乳母車

私たち夫婦に最初の子が生まれたのは1986年11月です。ずいぶん昔の話になります。

出産が近づいてきたある日、家内が「今日、デパートの催事場で昔の乳母車を見つけたの。古い籐のカゴに大きな車輪がついていてすごくいい雰囲気だった。子供を育てるならああいう乳母車に赤ちゃんを乗せて歩きたい」と言い出しました。何だかよく分からないまま、デパートに問い合わせてみるとイベント会社の企画で入手経路は分からないといいます。しかたなく販売店を探すことにしました。

インターネットのない時代、都内の子供用品店にあちこち電話をしてみました。始めのうちは、すぐに見つかるだろうと思っていましたが、どの店でも「さあ、今どき乳母車を扱っている店なんてないですよ」といわれてしまいました。ほとんどあきらめかけていた頃、出張先の愛知県の田舎道で乳母車を押しているおばあさんを発見!急いで走り寄って声をかけました。

「ちょ、ちょっとすみません。それ、どこで買ったんですか?」

「ああ、これなら駅の近くの荒物屋で売ってるよ」

といわれて拍子抜けです。

あとから知ったのですが、愛知、静岡、三重などの東海地方は昔から乳母車が使われている地域でした。販売店もたくさんあり、電話帳に「○○乳母車店」という広告もちゃんと出ているのでした。「なーんだ。この辺りで探せばよかったのか」と思いながら1台を電話で注文しました。
これが私たちと乳母車のそもそもの出会いです。
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始めは室内で

「ずいぶん大きいな」送られてきた乳母車を最初に見た時の印象です。畳半畳ぐらいあるんじゃないかという気がしました。当時、四谷にある小さな2DKのマンションに住んでいて、カーペットの敷かれた洋室でベビーベッドとして使うことにしました。部屋に置いてみるとインテリアとして独特の存在感があり、なかなかいい感じです。子供の誕生が待ち遠しくなりました。

やがて赤ちゃんが生まれました。男の子です。カゴの中に寝かせた赤ちゃんは、実に可愛らしく見えます。自然素材の味わいが赤ちゃんにマッチするのです。最初は大きいと思っていたカゴも、赤ちゃんにとっては広々と手足も伸ばせて、ちょうどよいのではないかと思うようになりました。

実家の両親が孫の顔を見に来てくれた時、床よりも高い位置に子供がいるので、あやしたり、手を伸ばして抱き上げたりしやすいと分かりました。乳母車、大活躍。

思い切って外出

最初のうち、家内は乳母車を外には出さず、室内でのみ使用していました。

自分で選んだものとはいえ、「外を歩くのは恥ずかしい気がした」からだそうです。思い切って外出したのは3,4か月経ってから。ちょっとどきどきしながら四谷の街に出たそうです。しかし、いざ外に出てしまうと恥ずかしさなど吹き飛んでしまい、外出が楽しくなってきたともいいます。何日かして「今日、街を歩いていたら、マンションのベランダから「奥さん、素敵よ」と声をかけられちゃった」とうれしそうに話していました。

休日には私も一緒に散歩することが多くなりました。
都内では珍しいものなので通りすがりの人に声をかけられます。

「これ、外国製ですか?」(・・愛知県の田舎で見つけました)

「絵本で見たことがあります」(・・出ているはずはないです)

「これぐらい大きいほうが子供にはいいのよね」(・・これは同感)

などといわれることが多かったです。皆さん、乳母車というものに独特の思い入れがあるようでした。特に、おばさま方には大好評でした。たまに「私もほしい」という人がいて、販売店を教えてあげたこともありました。

「僕の幌を見て!」

長男が1歳ぐらいの頃だったと思いますが、家内は手製の日よけ幌(ほろ)を作って乳母車に付けました。針金を半円状に曲げて骨を作り、そこに青い布地を縫い付けただけの簡単なもので、夏休みの工作レベルです。ただ、籐の茶色と幌のブルーが良くマッチしていて悪くないです。

ある時、街を歩いているといつものように通りすがりのおばさまに「可愛い乳母車ですね」と声をかけられました。

家内とおばさまが大人同士の会話をしていると、そこへ割り込むようにして乳母車の中の長男が手づくり幌をしきりに叩いて何かを伝えようとしています。通訳すると「ねえ、ねえ、これを見て!僕の乳母車にはちゃんと幌が付いているんだよ」と誇らしげにいっているのでした。(この幌がのちにプスプスの幌の原形になりました。)

仲良く2人乗り

乳母車は頑丈で安全です。
赤ちゃんの周囲を籐の壁ががっちりガードしているので、極端な話、車がぶつかっても赤ちゃんの直撃を防げます。交通量の多い場所でも安心感があります。また、フレームがしっかりしていて安定感があるので押しやすいのも特徴です。折畳式ベビーカーは出産祝いに頂いたものを持っていましたが、へなへなした押し心地が気に入らず、子供も乗りたがらないので2,3回使っただけで仕舞い込んでしまいました。

長男の2年後に生まれた長女も同じ乳母車を使って育てました。子供たちと近くの公園に行くのが日課になりました。行きは、カゴの中に長女を乗せ、お昼のお弁当やお菓子、ピクニックシートなども一緒に積み込みます。部屋の中で外出の準備ができるのでラクチンです。お兄ちゃんは歩けるので乳母車の近くで元気に走り回っています。公園についたらお弁当を食べたりしながら思う存分遊びます。夕方まで遊んで、帰る頃になるとお兄ちゃんが眠くなってしまい、カゴの中で兄と妹が並んで寝てしまうことがよくありました。私たちにとって「2人乗り」は当たり前でした。そうした楽しい思い出の日々が続きました。

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