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子ども時間と大人時間。

長男が保育園に通い始めたころ、6ヶ月ぐらいの長女を乳母車に乗せて一緒に保育園まで歩きました。

保育園は子どもの足で40分ほどかかるところでした。

 

住宅地や植木屋さんの植木畑?の間の細道を歩いていると、綺麗な葉っぱや木の枝、ドングリ、赤い実、松ぼっくりなど様々な宝物が落ちていて、その度に立ち止まっては大事に拾ったり遊んだり、いつになったら保育園に着くのやら。

子どもは保育園という目的地のことより、目の前のドングリなど途中のプロセスに夢中になります。

時間は気になりますが、このことは大人になって忘れていた感覚を思い出させてくれました。

大人時間と子ども時間、と言ったらいいのでしょうか。

 

出発地と目的地、点と点で頭がいっぱいだった私は、子供たちが生まれてから断然プロセス派に改宗。一緒に楽しむようになりました。

長男が道端で遊んでいる間、赤ちゃんだった長女も辺りを眺めたり、私たちの会話を聞いたり、綺麗な葉っぱをつかんだりして一緒に遊び、保育園に着くと持参したおやつを食べ、帰りは乳母車に揺られて眠ってしまうのでした。

もう少し大きくなると、保育園の子供たちと少しだけ一緒に遊ばせてもらいましたが、長女はいつももっとみんなと遊んでいたかったようです。

私の頭の中ではどうしても「大人時間」が、「早く帰らなければお昼になっちゃうよ」と声を上げるので、すべて子ども時間というわけではありませんでしたが、保育園に送るだけでほぼ半日かかりました。

本当はお昼になってしまったとしても私の昼食が少し遅れるだけのことだったのですから、保育園に送るだけで半日!なんてちまちました考えはさっさと捨てるべきだったのかもしれません。

この調子では何をやるにしてもかなりの時間の余裕が必要ですので、どうしてもやらなければならないこと以外を断捨離し、「ま、いいか。」をモットーに暮らしました。

こんなことができたのは幸せなことでした。

 

スマホもネットも存在しない、石器時代も同然の時代のことです。

 

今、家事に育児に仕事にと忙しいお母さまたちには呆れられてしまうかと思いますが、ほんの少しの時間だったとしても、目的地(とスマホ)を頭から追い出してお子さんとプロセスを楽しまれてはいかがでしょう?

 

子ども時間は別次元ですから、何か発見できるかもしれませんよ。

プスプスの夏休み

写真はユーザーさんのご投稿から。